分光エリプソメトリー(Ellipsometry)

表面構造の分析法

執筆:横山大輔(山形大学)

光の偏光の変化から薄膜の膜厚や屈折率などの光学構造を逆算する分析手法
薄膜を用いた光・電子デバイスを研究対象とするとき、通常、その薄膜の膜厚や屈折率などの光学構造を決定する手法が必要となります。特に薄膜の膜厚が可視光の波長のオーダーに近い場合は、薄膜の膜厚や屈折率に応じて光の干渉現象が複雑に起こるため、その影響を正しく見積もる上でも、膜厚や屈折率の決定は非常に重要です。
分光エリプソメトリーは、基板上の薄膜に照射した光の偏光状態の変化から、薄膜の膜厚や屈折率などの光学構造を逆算する分析手法です。光の偏光状態という限られた測定結果からこれらの光学構造を逆算するために、まず薄膜の誘電関数をモデル化し、その誘電関数を用いて光の偏光状態の変化について理論的な光学計算を行います。この光の偏光状態に関する計算結果と実験結果との差ができる限り小さくなるよう、誘電関数モデル内のフィッティングパラメータを数値的に最適化することで、薄膜の誘電関数が決定されます。得られた誘電関数から、膜厚の光学定数(屈折率と消衰係数)が算出されます。また、光学異方性のあるモデルを用いることで、光学定数の異方性や配向パラメータを評価することも可能となります。さらに、加熱しながらエリプソメトリー測定を行うことで、膜の転移温度や相対密度変化を追跡することも可能です。

 

測定できること

膜厚 / 誘電関数 / 屈折率 / 消衰係数 / 配向パラメータ / 転移温度 / 相対密度



 

原理

高分子測定の原理・技術 ― 分光エリプソメトリー

分光エリプソメトリーは、基板上の薄膜に偏光した光を照射し、その偏光状態の変化から薄膜の膜厚や屈折率などの光学構造を逆算する分析手法です。
 

図1 分光エリプソメトリー測定の概要図
 
測定には分光エリプソメータを用います(図1)。光の電場を、横方向に偏光したs偏光の電場Esと縦方向に偏光したp偏光の電場Epの重ね合わせとしてとらえ、それら2つの電場の振幅比と位相差によって光の偏光状態を表します。すなわち、振幅比を|Ep|/|Es|とし、位相差をδp–δsとすると、光の偏光状態は
 
tan ψ = |Ep|/|Es| および Δ = δp–δs
 
で表される2つの量ψおよびΔ(エリプソメトリーパラメータ)によって表されます。

照射する入射光には、通常斜め45°に傾いた直線偏光を用います。つまり、入射光電場はEsEpとが同じ振幅、同じ位相で重なったものであり、そのエリプソメトリーパラメータは、ψ=45°、Δ=0°です。この光を、特定の入射角でサンプル基板に照射し、その反射光の偏光状態(すなわちψとΔ)を測定します。

光が入射したサンプルでは、薄膜表面および薄膜/基板界面などで反射・透過・屈折が起こり、また、薄膜および基板の内部で光吸収も起こります。s偏光とp偏光とでこれらの現象がどの程度起こるのかが異なるため、サンプルからの反射光の振幅比や位相差は入射光のそれらとは異なり、反射光は一般には楕円偏光となり、ψとΔの値はサンプルの光学構造(各層の膜厚d、屈折率n、消衰係数kなど)や入射光の波長λ・入射角Θに依存します

もしサンプルの光学構造、入射光の波長・入射角が正確に分かっていれば、ψとΔの値は光学計算により理論的に算出することができます(通常は分光エリプソメータに付属するソフトウェアを用いて算出されます)。しかし、多くのサンプルでは薄膜の光学構造が未知であるため、それをフィッティング解析により逆算的に決定することになります。そのために必要なのが、誘電関数モデルです。サンプルの薄膜の誘電関数の関数形を限定し、いくつかのフィッティングパラメータを用いて誘電関数ε(λ)=ε1(λ)+iε2(λ)を規定します。誘電関数と屈折率n・消衰係数kとの間には簡単な関係式
 
ε1 = n2k2 および ε2 = 2nk
 
が成り立つため、誘電関数が決まれば屈折率・消衰係数とその波長依存性が決まり、サンプルの光学構造も決まることになります。それらの決定のために、ψおよびΔのフィッティング解析が行われます。すなわち、規定した誘電関数モデルを用い算出される理論値のψ(λ,Θ)およびΔ(λ,Θ)と、測定で得られた実験値のψ(λ,Θ)およびΔ(λ,Θ)との違いが最小になるように誘電関数モデル内のフィッティングパラメータが数値的に最適化され、そのモデルの枠内で最適な誘電関数が決まります。多くの場合、膜厚もフィッティングパラメータの1つとして解析が行われるため、膜厚も決定します。

このように、予想される薄膜の誘電関数を自らモデル化し、そのモデルを用いた光学計算により得られる理論値のψとΔが実験値に一致するよう逆算的にモデルを落とし込んでいくというプロセスを経て、膜厚・屈折率・消衰係数などの光学構造が決まることになります(図2)。
 

図2 解析プロセスの概念図
 
妥当な解析結果を得るためには、適切な誘電関数モデルを設定することが重要になります。この設定が不適切である場合、モデル内のフィッティングパラメータをどんなに調整しても理論値と実験値のψとΔが良好な一致を示さなかったり、あるいは、物理的に見て明らかに妥当ではない解析結果が得られてしまったりすることがあるので注意が必要です。代表的な誘電関数モデルとしては、例えば、吸収のない透明領域を表すのに用いられるCauchyモデル、単純な振動子による吸収を表すのに用いられるLorentzモデル、金属の自由電子による吸収を表すのに用いられるDrudeモデルなどがあり、また、高分子などの有機物による吸収を表すためにはGaussモデルが用いられることが多いです。解析ソフトウェア等を用い、サンプルに応じて適切な誘電関数モデルを選択・設定することが必要となります。

また、一意な解析結果を得るためには、サンプルの光学構造・誘電関数モデルをできる限りシンプルにする(フィッティングパラメータの数を減らす)ことも重要です。光学定数が明確に決まった基板を用いることで解析結果の任意性を下げることができ、例えばシリコン単結晶を基板に用いれば基板の誘電関数は一意に決まるため解析がしやすくなります。

誘電関数として異方性があるモデルを適用することで、屈折率や消衰係数の光学異方性も評価することができ、その結果から配向パラメータを算出することもできます。また、加熱中のサンプルのψとΔをリアルタイムで測定することで、薄膜の転移温度や相対密度変化などを追跡することも可能です。
 
 

装置選択のポイント:

高分子薄膜の分析を行うためのエリプソメータをどのように選ぶか、ポイントを記します。
まず、光源は紫外光~近赤外光まで照射できるものを選択しましょう(例えば300 nm~1μm)。特に、簡便に膜厚のみを評価したい場合は、吸収のない透明領域が長波側にあれば、任意性の低い一意な解析がやりやすくなります。したがって、太陽電池材料のように可視域長波まで吸収がある材料を解析する場合は、1μm以上の長波まで測定できると好ましいです。光源は、分光器で全波長をスキャンして別個に測定するタイプのものもあれば、白色光源で全波長を同時に測定・分光するタイプのものもあります。短時間で測定を行いたい場合は、後者が好ましいです。  

正確な分析・評価を行うためには、フィッティングに用いるψ(λ,Θ)およびΔ(λ,Θ)の測定値の数を増やし、より多くのデータを同時フィッティングすることが必要になってきます。そのため、できれば複数の入射角Θでデータ取得できる多入射角分光エリプソメータを使用するのが好ましいです。

分光エリプソメトリーでは、いかに適切な誘電関数モデルをうまく設定して妥当な解析を行うかが重要になります。特に高分子などの有機物のように、複雑な吸収帯を有する材料の場合は極めて重要です。そのため、装置に付属する解析ソフトウェアの性能は十分に高い必要があります。基本的な誘電関数モデルはもちろん、高分子の解析で用いることの多いGaussモデルが使用できることが好ましいです。また、異方性解析・配向分析を行いたい場合は、光学異方性モデルが使用できることが必要です。その他、表面粗さに対応したモデル、屈折率の膜内分布に対応したモデル等、さまざまな高度なモデルが設定できるものもありますので、装置を選ぶ際に何ができるかソフトウェアの仕様を十分に確認することを勧めます。

また、エリプソメータにどのような拡張機能を付与できるかも重要な点です。例えば、サンプルを窒素雰囲気に密閉して加熱しながらエリプソメトリー測定を行うことができる機構が付与できれば、加熱中のリアルタイム測定が可能となり、薄膜の転移温度や相対密度変化を追跡できるようになります。その他、膜厚・屈折率分布の大面積マッピングなどの拡張機能を持つものもあります。

行いたい分析に応じて、適切な装置を選択するようにしましょう。

 

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