光散乱法(Light Scattering: LS)

分子構造の分析法

執筆:寺尾 憲(大阪大学)

高分子の分子量、サイズ、サイズ分布、分子間相互作用を非破壊かつ同時に計測できる手法
光散乱法(Light Scattering: LS)は、溶液に照射された可視光の入射光と同じ波長をもつ弾性散乱光の強度(静的光散乱)や、その強度の時間変化(動的光散乱)を、様々な角度で観測する手法です。静的光散乱からは、溶液中の高分子(粒子)のモル質量のほかに、粒径に対応する回転半径、そして分子間相互作用に対応するビリアル係数などを測定できます。動的光散乱からは、流体力学的半径、そしてその分布が測定できます。SECなどのクロマトグラフィーと組み合わせることにより、絶対分子量およびその分布が得られます。類似の手法としてX線散乱法、中性子散乱法があります。

 

測定できること

モル質量 / 回転半径 / ビリアル係数 / 流体力学的半径 / 粒径分布 / 浸透圧 / 相関長 / 形状因子 / 構造因子



 

原理

 

はじめに

媒体中における光は、真空中のように単純に直進せず、その一部は散乱されます。空が青く見えるのは、空気による可視光のRayleigh散乱によるものであり、光の波長に近いサイズの構造を顕著に反映します。高分子やコロイド溶液の場合、図1に示すように、溶液を通過するレーザー光の一部が散乱されたものが観測されます。光散乱現象自体は、溶媒となる水からも生じていますが、高分子やコロイド粒子からの単位質量当たりの散乱は、水よりもはるかに強いため、高分子やコロイド粒子のモル質量、サイズ、粒子間相互作用を知る測定法として、広く用いられています。
 
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図1 コロイド溶液からの光散乱
 

静的光散乱

一般に散乱光は、入射光強度と観測される溶液内の体積(散乱体積)に比例し、散乱が起こる溶液中心部から検出器までの距離rの二乗に反比例するので、高分子などの溶質からの過剰散乱光強度ΔI(溶液と溶媒の散乱光強度の差として求めます)から次式で定義されるRayleigh比Rqを求めます。
 
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下付きのqは散乱ベクトルqの絶対値で散乱角θから計算されます。溶質としての高分子のサイズが光の波長よりも十分小さく、その質量濃度cも低い場合、Rqは高分子の重量平均分子量Mwに比例します。しかし、高分子のサイズが大きくなると、図1に示すように高分子内の異なる2点から散乱された光が検出器に到達するまでの距離に、図中の青線だけ差があるため、位相のずれが生じ、干渉が起こります。この干渉効果は、2分子間でも一般に無視できません。
 
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図2 散乱光の干渉効果

  このため、高分子内の干渉因子(粒子散乱関数、形状因子ともいいます)P(q)と分子間の干渉因子S(q, c)を用いてRqは次式で表されます(入射光を垂直偏光とした場合)。
 
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式中のKは光学定数で入射光の波長λ、測定する高分子の示差屈折率増分などから計算される量です。q = 0(散乱角0)かつc = 0の極限ではP(q)=S(q,c)=1となるので、Mw=Rq/KcよりMwが求められます。有限のqc = 0に外挿したRqから P(q)がqの関数として決定されます。高分子をn点の散乱点からなるとみなし、それぞれの散乱点間の距離をrijとするとP(q)は次式で表されます。
 
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ここで、〈⋯〉は統計平均を表します。すなわち、P(q)は散乱粒子の大きさと形を反映する量であることが分かります。高分子にみみず鎖などの適切なモデルを仮定するとP(q)が計算でき、実験値との比較が可能になります。また、この式をq = 0の近傍で展開すると、P(q)と高分子のサイズに対応する平均二乗回転半径〈S2〉との関係式が得られます。
 
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多くの場合、高次の項の寄与が無視できないため、直線性の悪いP(q) (あるいはRq)対q2の図を作成して〈S2〉を求めることはしません。高次の項の寄与は、溶質の形態に強く依存するため、様々なプロットが提案されています。以下に代表的なZimm、Berry、Guinierの式を示します。
 
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図3に代表例として球、棒、および高分子のモデルとしてよく用いられるガウス鎖のプロットを示します。Guinierプロットが球についてよい直線性を示すのに対し、ガウス鎖や棒についてはBerryプロットが広い直線領域を持ちます。分子量分布の広い棒状分子についてはZimmプロットが最も良い直線性を示す場合もあります。
 
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図3 角度依存性の解析に用いる3つのプロット。 (a) Zimmプロット、(b) Berryプロット、(c) Guinierプロット。

いま、散乱体積V内にN個の高分子があるとすると、有限濃度の散乱強度から式(2)を用いて求められる構造因子S(q, c)は、任意の2つの高分子klの重心間の距離Rklを用いて以下の式で与えられます。
 
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ふたつの高分子の相対距離にはお互いの高分子間の斥力や引力が影響するため、S(q, c)は高分子間相互作用を反映した物理量です。適切な分子モデルを仮定してS(q, c)を計算する方法もありますが、Einstein-Smoluchowskiによればq = 0では、分子形態によらず溶液中の高分子の濃度揺らぎからS(0, c)を計算できます。結果として得られるレイリー比R0は溶液の熱力学量である浸透圧Πと次の関係で表されます。
 
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この式にΠに対するビリアル展開式を代入すると
 
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となり、異なる濃度で光散乱測定を行うことにより、第二ビリアル係数A2が得られることがわかります。左辺が散乱強度の逆数であり、この値を縦軸にとり、横軸にcを取ったプロットはZimmプロットと呼ばれます。A2が0に近いシータ溶媒系では高次の項の寄与も小さく、解析結果はプロットにあまりよりませんが、良溶媒系ではプロットの直線性は、分子の形(高次のビリアル係数)に依存します。P(q)の解析と同様に以下の式で表されるBerryプロット、Guinierプロットが望ましい場合もあります。
 
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図4に示すように、棒状分子ではZimmプロットが、ガウス鎖ではBerryプロットが、球状粒子ではGuinierプロットが最もよい直線性を示すことが分かります。
 
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図4 濃度依存性の解析に用いる3つのプロット(良溶媒系)。(a) Zimmプロット、(b) Berryプロット、(c) Guinierプロット。


 

動的光散乱

散乱体積V内の高分子数があまり多くない場合、散乱強度はブラウン運動を反映して時間とともに変化します(図5)。この揺らぎは高分子希薄溶液の場合、マイクロ秒からミリ秒のオーダーです。動的光散乱法では、散乱強度の時間変化を測定します。その結果得られる光散乱強度の自己相関関数g(2)(t)は、基準とする時間t = 0における散乱強度I(0)と時間tにおける散乱強度I(t)を用いて次式で定義される量です。
 
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一般には得られたg(2)(t)は高分子の自己拡散係数Dの他に分子内の干渉および分子間の流体力学的相互作用の影響を受けます。q = 0、c = 0の極限でg(2)(t)からDが求められます。
 
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有限濃度、角度でのg(2)(t)から見かけの拡散係数を見積もり、そこからq = 0、c = 0に外挿しても正確なDが得られます。Stokes-Einsteinの式(RH=kBT/6πηD)を適用することにより、Dから流体力学的半径RHが計算できます。ただし式中のηは溶媒の粘性率、kBはBoltzmann定数です。
 
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図5 散乱強度の時間変化。

高分子溶液中で一部の高分子が会合しているなど、粒子径に分布がある場合には、g(2)(t)は式14には従わず、式14を異なる拡散係数を持つ粒子からの散乱に拡張した式に従います。CONTIN法などの手法を用いて拡散係数の分布、そして粒径分布を求めることができます。


 

利用例

  1. 回転半径、流体力学的半径の分子量依存性
    回転半径、流体力学的半径の分子量依存性を適切な理論を用いて解析することにより、高分子鎖の分子形態に関する情報(剛直性、排除体積効果、長鎖分岐、多重らせん構造など)が得られます。最近では、分子量の異なる多くの試料を準備することは必須ではなく、分子量分布の広い試料を次に示すクロマトグラフィーと組み合わせる方法により、比較的簡便にデータ収集が可能になっています。
  2. サイズ排除クロマトグラフィーとの組み合わせ
    光散乱装置をサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の検出器として用いることにより、試料中のそれぞれの成分の分子量と回転半径を決定できます。この手法を用いると、光散乱法の弱点である埃や会合体などの粒径の大きな不純物を効率的に取り除くことができるほか、SECでは決定できない絶対分子量の決定が可能になります。
  3. 静的光散乱と動的光散乱の組み合わせ
    少量の会合体を含む場合、一般に静的光散乱のデータを精密に解析することは困難です。動的光散乱法により、会合体成分と目的とする完全に溶解した高分子成分からの散乱を分離評価すると、静的光散乱の強度データも2つの成分に分離評価が可能になります。静的光散乱と動的光散乱は同時測定が可能な場合、少量の会合体を含む系に有用な手法となります。
  4. 熱力学量の測定と相図の決定
    有限濃度の高分子溶液の散乱強度から決まる熱力学量は貧溶媒中では温度と共に大きく変化します。q = 0における散乱強度が発散する温度から、スピノーダルや臨界点などの相図が作成できます。 また、有限濃度における散乱強度の角度依存性から決まる相関長は溶液の構造を反映する物理量として利用されます。これらの手法は高分子溶液だけでなく、高分子混合系の相分離挙動の解析にも適用されます。
  5. 会合性高分子の特性決定
    溶液中で高分子が安定な会合体を形成している場合には、高分子1分子のMwではなく、会合体の重量平均モル質量が決まり、会合数が得られます。また、会合数が濃度による場合には、会合定数を見積もることも可能になります。
  6. 高分子ゲルの特性決定
    高分子溶液と異なり、高分子ゲルからの光散乱強度は、ゲル中の位置により大きく変化する場合があります。位置変化にともなうゲルからの光散乱強度変化、そしてゲル内部の不均一性に起因して散乱光が複雑に干渉して生じるスペックルパターンを解析することにより、ゲルの内部構造に関する情報が得られます。
  7. ゲル化点の決定
    高分子溶液がゲルに変化するゾルーゲル転移に伴い、光散乱強度の自己相関関数g(2)(t)が大きく変化する場合があります。このため、動的光散乱法は、動的粘弾性測定と共にゲル化点を測定するための有用な手法の一つです。
 
 

まとめ

高分子溶液の光散乱実験より得られる光散乱強度およびその時間ゆらぎには、高分子の質量(あるいは会合体の質量)、高分子間相互作用、分子形態、拡散係数(およびそれから求められる粒子径)、そして粒子径分布などが決定できることを紹介しました。光散乱法は高分子について多くの情報を取り出すことのできる手法であり、広く利用されています。反面、散乱データから、目的とする情報を取り出すためには、例えば高分子希薄溶液の場合、予め溶液中に含まれる粒子の形態や分布に見当をつけておき、適切な解析法を選択する必要があり、入門者には敷居が高く感じられるかもしれません。ここでは、簡単のため、標準的な測定原理と基本となる解析法のみを示し、実験上の注意や系によってはさらに必要となる測定については触れていません。実際の高分子を測定・解析する際には以下の文献1)-7)なども参考にしてください。
 
参考文献
1) 柴山充弘, 佐藤尚弘, 岩井俊昭, 木村康之 「光散乱法の基礎と応用」講談社 (2014).
2) 榮永義之, 光散乱講義ノート (2009). http://www.molsci.polym.kyoto-u.ac.jp/archive.html.
3) 高分子学会, 「高分子実験の基礎―分子特性解析―」 共立出版 (1994).
4) 高分子学会, 「高分子の構造[2]―散乱実験と形態観察―」 共立出版 (1997).
5) 高分子学会, 「基礎高分子科学 第2版」東京化学同人 (2020).
6) 高分子学会, 「基礎高分子科学 演習編」東京化学同人 (2011).
7) 橋本竹治, 「X線・光・中性子散乱の原理と応用」講談社 (2017).
 

 

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