核磁気共鳴分光法(Nuclear Magnetic Resonance: NMR)

分子構造の分析法

執筆:梶 弘典(京都大学)

高分子、低分子、生体等、あらゆる物質の分子構造を原子レベルで非破壊解析できることに加え、分子の運動や固体構造(分子間相互作用)の解析、化学反応の追跡などにも用いることができる
核磁気共鳴分光法 (Nuclear magnetic resonance: NMR) は有機、無機、低分子、高分子、生体等、あらゆる物質の分子構造を原子レベルで、さらに非破壊で解析することが可能です。観測可能な核種と観測できない核種がありますが、多くの核種の測定が可能です。有機化合物や高分子化合物、生体系の主要元素である水素、炭素、窒素のNMR測定は日常、頻繁に行われており、無機系でも、Al, Siをはじめ、多彩な測定が可能です(実際には測定が極めて困難な核種も多いのですが…)。自分が目的とした分子が合成されているかがわかるので、合成系の研究室には専用、共用を問わず必ずNMRがあり、多くの企業でも材料系、製薬系等を問わずNMRを保有しています。さらに高分子化合物の立体規則性、共重合組成や連鎖、さらには末端基、分岐等の構造を調べることもできます。通常の測定は溶液状態で行われますが、気体でも超臨界状態でも固体状態でも、結晶であっても非晶状態であっても、あらゆる状態での測定が可能です。そのため、架橋前後のゴムの測定や、溶媒に溶けない材料の測定も可能です。気体での測定を利用し、多孔性材料の空孔部分の解析なども可能です。

 

測定できること

分子構造 / 立体規則性 / 共重合組成 / 分岐構造 / 分子運動 / コンホメーション / 分子間パッキング / 分子配向 / 高次構造 / 電子状態



 

原理

1. 原理

ここでは簡単のため、1Hを例にNMRの原理を説明します。測定可能な核種である1Hは、核スピンを有しています。極めて小さな磁石であると思ってもらえばOKです。1Hの核スピンの向きは通常はランダムですが、静磁場(現在では、図1のように大きな超伝導磁石を使います)の中では、その磁場と同じ方向か反対の方向か、の2つの状態になります(より正しくは一つ一つの核スピンは少し傾いていますが、たくさんの核が存在するためそのベクトル和は静磁場の方向を向いています)。この時、磁場と同じ方向を向いている方が少し安定で、逆方向を向いている方が少し不安定なので、エネルギー差が生じます。このエネルギー差は磁場が大きくなるにつれて大きくなります。このエネルギー分裂をゼーマン(Zeeman)分裂と言います。このエネルギー分裂幅(ΔE)に相当する周波数(ν)で核が共鳴するため、核磁気共鳴と呼ばれます。
 

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図1 NMR測定に用いる超伝導磁石. この磁石の中に試料が入っています.


 

2. NMRで何がわかるのか?

例えば、高校の化学の教科書では、有機化合物の構造は元素分析を中心に調べると書かれています。混合物でないことを前提としますが、まず元素分析で構成元素を明らかにするとともに組成式を決め、分子量の測定により分子式を決めます。そのあと、様々な実験により官能基、また、異性体を明らかにし、示性式、構造式を決定します。なかなか大変な作業です。NMRでは以下に示すように、これを簡単に明らかにすることができます。

 

2.1. 溶液測定

まず、溶液試料に対する一次元測定で得られる情報について述べます。

  a) 化学シフト
NMRでは、物質の構造をより簡単に調べることができます。上述のゼーマン分裂幅ΔEは、1H, 13C, 15N, 19F, 29Siといった核種によっておもに決まります。すなわち、共鳴周波数νは核種により大きく異なるため、NMRではそれぞれの核種を選択的に観測することができます。また、同じ核種(例えば、1H)であっても、核の周りには必ず電子があり、その電子による遮蔽効果のため、共鳴周波数νがわずかに異なります。例として、4つの化合物の1H NMRスペクトルを図2に示します。これらの化合物はすべて分子式C4H10Oで表される異性体です。1-ブタノールは異なる5種の1Hを有しています。2-ブタノールも5種、2-メチル-1-プロパノールは4種、2-メチル-2-プロパノールは2種の1Hを有しています。図2の1H NMRスペクトルを見ると、上から5本、5本、4本、2本のピーク(共鳴線と言います)があるため、何の予備知識がなくても、上2つ(図2a, b)は1-ブタノールか2-ブタノール、図2cは2-メチル-1-プロパノール、図2dは2-メチル-2-プロパノールであるとわかります(OHの1Hピークは条件によってその出方が変わります。非常に幅広い共鳴線として見られることもよくあります)。

これらのスペクトルの横軸は共鳴周波数νに対応します。そのため、Hz単位で表示するのが当然と言えば当然なのですが、磁場の大きさが変わっても同じ数値で表記できるようにppmで表示することが通例です(各1Hの共鳴周波数の差は、ゼーマン分裂幅ΔEに対してppmオーダーであることが図2からもわかります)。また、1H, 13Cに対してはテトラメチルシランを基準(0 ppm)としています。この共鳴周波数のppmレベルのわずかなズレは、化学シフトと呼ばれます。化学シフトからおおよその構造を予測することもできます。
 
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図2 1H NMRスペクトルの例
 
b) 積分強度
それぞれの共鳴線の強度は、その存在比に対応しています。(細かいことを言えば、スピン-格子緩和が十分であることが条件です。通常、1H NMR測定では成立しています。13C NMR測定では通常成立していませんが、測定条件を適切に設定すれば測定に長時間を要しますが成立させることは可能です。)多くの場合、共鳴線の線幅がまちまちなため、高さではなく、面積でその強度を規定するため、積分強度と呼びます。図2にはそれぞれの共鳴線に対する積分強度を赤字で示してあります。図2a, bのスペクトルにおいて、共鳴線の数では1-ブタノールと2-ブタノールを区別できませんでした。しかし、積分強度はそれぞれ2 : 1 : 2 : 2 : 3、1 : 1 : 2 : 3 : 3となっており、図2aが1-ブタノール、図2bが2-ブタノールと区別できます。


c) Jカップリング (J結合あるいはスピン-スピンカップリング)
図2で、共鳴線が5本、5本、4本、2本あると述べましたが、それぞれの共鳴線を見ると、1つのピークは何本かに分かれていそうです。図3に、2-メチル-1-プロパノールの1H NMRスペクトルの拡大を示します。図2cで大雑把にみると4本ですが、この拡大図から、それぞれの共鳴線は3本、3本、9本、2本に分裂していることがわかります。この分裂は、近くにある他の1H核との化学結合を介した相互作用によるもので、Jカップリング、スピン-スピンカップリングなどと呼ばれます。このJカップリングにより共鳴線は「となりの炭素についている1Hの数+1本」に分裂します。2-メチル-1-プロパノール (CH3)2-CH-CH2-OH のそれぞれの1Hに対し、左からそれぞれのとなりの炭素についている1Hの数は1, 8, 2, 2となります。それぞれ1をたすと2, 9, 3, 3となり、図3の分裂ときちんと対応していることがわかります。

また、分裂の大きさ(J値、カップリング定数、スピン結合定数などと呼ばれます)から、ねじれ角の情報を得ることも可能です。提唱者の名前にちなんでカープラス式と呼ばれる式を用い、たんぱく質の構造解析において、ねじれ角を決めることに利用されたりします。
(図3の3(一番右)に関して、細かく言えば左右に2本ずつ小さなピークが見えます。これは13Cサテライトと呼ばれるものです。1Hと結合している炭素は99%は12Cですが、1%の1Hは13Cと結合しており、その1H‐13C間のJカップリングによりこのような小さなシグナルが生じます。図3の他の共鳴線に対しては小さすぎて見えていません。また、図3の1(一番左)に関して、となりはCHとOHです。このように、となりが異なる1Hである場合はそれぞれとのJ値が異なり、2x2 = 4本に分裂して見える場合もあります。)
 
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図3 図2cの拡大図. それぞれの共鳴線が複数のピークからなっていることがわかります.


 

2.2. 二次元測定

二次元測定についても簡単に述べておきます。ここでは、化学結合情報を与えてくれる最も代表的なCOSYと呼ばれる測定法について述べます。図4は1-ブタノールのCOSYスペクトルです。縦軸、横軸とも、1H NMRスペクトル(図2a)に対応しています。すなわち、この測定では、1H-1H間の相関を得ることにより、どの1Hとどの1Hが隣り合っているのかを調べることができます。右上から左下への対角線上のピーク(対角ピーク)は自分自身です。右上の対角ピーク4を赤い線の通り横に進むと、1.3 ppm付近にピークが現れます。この対角線上から外れたピークをクロスピーク(交差ピーク)と言いますが、このクロスピークから、4の1Hと隣り合うのが3であることがわかります。下に行くと3の対角ピークにたどり着きます。この左右を見ると、3の1Hは、すでに明らかになっている4に加えて、2のピークとも相関していることがわかります。この3と2のクロスピークの下に行くと2の対角ピークになります。これも左右を見ると、3に加えて1と相関していることがわかります。1の対角ピークから右に行くと、2に加えて5とのクロスピークが観察されます。以上から、4-3-2-1-5と繋がっていることが、このCOSYスペクトルから明らかになります。
 
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図4 1-ブタノールのCOSYスペクトル. 結合情報が得られます.
 

2.3. 高分子化合物

立体規則性、共重合組成・共重合連鎖、末端基・末端近傍、分岐などに関する情報は高分子化学においては重要ですが、NMRはこのような解析にも威力を発揮します。例えば、meso, racemo dyad, triad, …を明確に区別することが可能ですし、共重合に対してもそうです。明確な末端基を有する高分子に対しては、その末端の共鳴線を小さいながらも検出することができます。一本の高分子にはその生長していく「歴史」が刻まれており、それをNMRで明らかにすることができます。当然のことながら、末端と主鎖の積分強度比から、分子量(数平均分子量)を調べることも可能です。

 

2.4. 固体NMR : CP/MAS法

溶液試料に対する測定について述べてきましたが、ここでは固体試料に対する測定について述べます。固体NMRでは、1H測定よりも13C測定が一般的であり、その中でもCP/MASと呼ばれる手法が最も頻繁に用いられています。CP/MAS法は、交差分極 (cross polarization, CP)、双極子デカップリング (dipolar decoupling, DD)、magic angle spinning (MAS)の3つのテクニックを組み合わせた測定法です(dipolar dephasingという手法もあるので混同しないように気をつけてください)。名前にはDDが出てきませんが、必ずDDも併用されています。CPは測定時間の短縮化に、DDとMASは高分解能化に寄与します。
 

a) 交差分極 (CP)
固体NMR測定は、一般に時間を要します。今回は詳細を省きますが、高分解能1H測定が困難なためと、スピン-格子緩和と呼ばれる緩和が長いためです。特に、13C(や29Siなど)のスピン-格子緩和時間(T1)は長く、十分なS/N比を有するスペクトルを得ることが困難な場合が多いです。これらの核種に対し、1HはT1が短いため、1Hから13Cに磁化を移すCPという手法を用いると、大幅に測定時間が短縮できます。上述のゼーマン分裂幅は13Cに対して1Hは4倍大きく、最大4 倍の信号強度の増大を得ることができるというメリットもあります。残念なことに、CPを用いることにより、定量性が失われます(すなわち、積分強度から存在比を議論できなくなります)。また、CPは分解能には寄与しません。しかし、測定時間を大幅に短縮できるというメリットが大きいため、ほとんどの場合CPを用いた測定が行われます。


b) 双極子デカップリング (DD)
最初に、NMRの測定対象となる核は小さな磁石であると述べました。NMR観測の際、それぞれの核の周囲にはたくさんの1H核があります。すなわち、まわりにたくさんの小さな磁石があることになります。このまわりの磁石が、観測している核の位置に局所的な磁場を作ってしまい、そのため、共鳴線は著しく広がってしまいます。この相互作用(双極子-双極子相互作用)に基づく線幅の広がりは、溶液状態では分子の等方回転運動がNMRの観測タイムスケールよりも速いため平均化されますが、固体状態では運動が大幅に制限されているため共鳴線が幅広くなり、それらどうしが重なってしまうため詳細な解析ができなくなります(図5a)。そのため、固体NMR測定では、高分解能スペクトルを得るために1Hに連続的な共鳴高周波を照射し、1Hを磁場と同じ方向を向いているスピンと逆を向いているスピンの間で高速に遷移させる (すなわち、1Hの磁石のS極とN極を高速で反転させる) ことにより、周りの1Hによる局所磁場を時間平均として0 にします。これが双極子デカップリング (DD)と呼ばれる手法ですが、観測しながらこのデカップリングを行うのは技術的に難しかったため、固体では1H測定よりも13Cの測定が一般的に行われてきました。13C測定では、この13C-1H双極子デカップリングを行いながら、13Cの観測を行います。図5bにCPとDDを併用した固体13C NMRスペクトルを示します。しかし、まだスペクトルはブロードです。
 
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図5 固体試料のNMRスペクトル. a) CPのみを利用, b) CPとDDを併用, c) CP, DD, MASを併用(すなわちCP/MAS法によるスペクトル), d) さらにTOSSを併用.
 
c) magic angle spinning (MAS)
上述のとおり、核の周りの電子による遮蔽効果のため、化学シフトが生じます。実際には、核の周りの電子は球対称ではないため、核の向きによってその遮蔽効果は変わってくるはずです。すなわち、静磁場に対する分子の向きによって化学シフトは変化します。これを化学シフト異方性(chemical shift anisotropy, CSA)と呼びます。溶液状態では速い分子運動のため、CSAは平均化されて図2, 3で見られるようなシャープな共鳴線を等方化学シフトの位置に与えます。一方、固体状態では分子の運動は大幅に制限されており、CSAが露わに観測されます(図5bでは各13CのCSAが重なり合っています)。このCSAを有効に使えば、例えば、基板上で分子がどの方向を向いているのか、といった分子配向の情報が得られます。一方で、図5bのようにCSAに基づく幅広い共鳴線どうしの重なりが、化学構造に関する情報取得を困難にします。

MAS法は、図6に示したように、静磁場(z軸方向)に対して3 cos2θ - 1 = 0となる角度、すなわち、θ = 54.7° 傾けた軸のまわりで試料の入った容器を高速回転させることにより、固体状態においてもCSAを平均化する方法です。この角度をmagic angleと呼びます。magic angleで回転させるのでmagic angle spinning (MAS)法と呼ばれます。このmagic angle の軸がx, y, z 軸のいずれに対しても等価な方向であることから、この軸まわりの回転により、空間的な異方性を平均化できることが図6よりイメージできると思います。CPとDDとMASを併用した、すなわちCP/MAS法で測定したスペクトルを図5cに示します。この試料(フェノキシ樹脂)は非晶性高分子であるため共鳴線がやや太めで7,8の炭素が分離できていませんが、他の共鳴線は十分に分離できていることがわかります。余談になりますが、*をつけたピークはスピニングサイドバンドと呼ばれるものです。MASで回転させる際、回転数が十分でないときにその回転周波数ごとに現れます。十分速く回転させるか、あるいはTOSSという手法により、スピニングサイドバンドのないスペクトルを得ることができます(図5d)。
 
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図6 Magic angle spinning (MAS)によるchemical shift anisotropy (CSA)の消去
 
 
高分子化合物において結晶化度の決定は重要です。固体NMRでも、CPを用いずDDとMASを併用し、スピン-格子緩和が十分な条件で測定をすれば、結晶成分と非晶成分、場合によっては界面成分の共鳴線も分離することができ、精密な結晶化度を調べることが可能です。

 

2.5. dynamic nuclear polarization (DNP)-NMR、magnetic resonance force microscopy (MRFM)、ダイヤモンドNV中心を用いたNMR

NMRは他の分析手法では得ることができない様々な情報を与えてくれます。上記は、そのほんの一例に過ぎません。しかしその一方で、感度が低いという唯一かつ極めて大きな欠点があります。NMRの歴史において、感度向上への取り組みは常に重要なテーマであり続けています。その代表例は磁石の高磁場化で、現在もその挑戦は続いています。溶液NMRではもうスタンダードとなったクライオプローブは、シグナル強度を大きくするのではなく、ノイズを低減させるという逆の発想です。常磁性緩和試薬の利用は、単位時間当たりのシグナル強度増大に寄与します。1H indirect detectionや上述のCP法など、パルス系列の開発による感度向上も進められてきました。溶液の多次元測定ではnon-uniform sampling (NUS)も活躍しています。このように、書きだせばきりがないくらい多様な側面からの手法開発が行われ、感度向上に寄与し続けてきました。Fourier変換法のNMRへの導入なども大きな寄与となりました。

最近では、超偏極と呼ばれる技術の研究が進められていますが、その中で、dynamic nuclear polarization (DNP)と呼ばれる方法が大きく発展し、市販化されるまでに至っています(図7)。このDNP法を用いると、理論上、660倍の感度向上が期待でき、実際にそのレベルまで感度向上した実験例も報告されています。今後、大きく飛躍する手法になると思います。また、個人的には、magnetic resonance force microscopy (MRFM)やタイヤモンドNV中心を用いたNMR測定手法にも注目しています。これらの汎用的な実現にはまだ時間を要しますが、今後の進展が楽しみです。
 
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図7 DNP-NMRシステム

 
 

分析例・プロトコール

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