執筆:松本浩一(近畿大学)
元素分析(Elemental analysis)は有機化合物中の炭素、水素、窒素、硫黄などの組成比を求める手法である
元素分析(Elemental analysis)は有機化合物中の炭素、水素、窒素、硫黄などの組成比を求める手法です。サンプル試料の有機化合物を完全燃焼することで、二酸化炭素、水、二酸化窒素、二酸化硫黄が発生します。これら(または、変換した誘導体)の検出と重さの評価をすることで、もとの試料に含まれるそれぞれの元素成分の割合を求めます。別の分析手法により、用いた試料の分子量が求まるので、元素分析から求めた組成比から分子式を決定することができます。高分子材料や金属有機構造体(MOF:Metal Organic Frameworks)など身の回りの様々な物質の分析にも応用することができます。
測定できること
サンプル試料の元素組成比 / 炭素の存在確認 / 水素の存在確認 / 窒素の存在確認 / 硫黄の存在確認/純度評価
原理
1. はじめに:元素分析の原理
有機化合物や高分子化合物には炭素、水素を主元素として、その他に酸素や窒素、硫黄などがヘテロ原子として含まれている場合が多いです。元素分析とは、有機化合物や高分子化合物を完全燃焼することで発生する水(水蒸気,H
2O)や二酸化炭素(CO
2)などの発生量を評価することにより、燃焼させたサンプル試料中に含まれている炭素と水素などの比率を知る方法です。燃焼させるため、破壊分析の一環と捉えることができます。
有機化合物に含まれる元素、とりわけ炭素と水素の分析は、1831年にリービッヒ(Liebig)らにより重量法による定量法が確立されていました。この方法ではサンプル量を多く必要としていたため、その後プレーグル(Pregl)は微量化(重量法)の方法を確立して、1923年にノーベル化学賞を受賞しています(CH 分析)。一方、 窒素の分析は主なものにデュマ(Dumas)法とケルダール(Kjeldahl)法があり、前者は窒素ガスを容積法で測定しました。現在では 電気計測や PC 環境などの進展も相まって、CHN同時分析やCHNS同時分析なども可能になっています。
2. CH分析(プレーグル法)の概念図
数mgのサンプル試料を採取して、完全燃焼させて発生するガス成分のH
2OとCO
2を順次、吸着層にて捕捉する方法です(図1)。例えばH
2Oは塩化カルシウム管に通すことで吸着されます。またCO
2はソーダ石灰管に通すことで吸着されます。最も基本的な分析方法であり、高等学校の教科書にも登場する分析方法です。
図1 CH分析(プレーグル法、古典的な分析法)の概念図
3. 現在使用されている有機微量元素分析装置(CHN分析)
現在、筆者の所属する近畿大学理工学部理学科化学コース内にある元素分析装置の写真を図2に示します。
図2 有機微量元素分析装置(CHN分析)の1例
この装置では、CHN分析が可能です。O
2ガスとHeガスを使用します。O
2ガスは試料の完全燃焼に使用します。Heガスはキャリアガスや配管内の残留ガスとして用いられています。
約2mg程度のサンプル試料を専用の入れ物(白金ボート)におき、オートサンプラーのところに設置して分析をスタートします。O
2ガスを用いて完全燃焼することで、窒素酸化物(NO
x)、H
2O、CO
2の混合ガスが生じます。発生したガスは、還元銅の管を通ることで、NO
xはN
2になります。同時にガスの中に残っているO
2ガスはCuOまたはCu
2Oとして除去されます。N
2、H
2O、CO
2以外のガスは燃焼管内のサルフィックスや還元管内の銀粒によって除去されますので、He以外にN
2、H
2O、およびCO
2の3成分のみのガスとして以後、検出されます。
3成分のガス(N
2、H
2O、およびCO
2)が過塩素酸マグネシウムの管を通ることで、H
2Oが吸着されます。次に、ソーダタルクの管を通ることで、CO
2が吸着されます。検出部が熱伝導度検出法の場合、吸着の前後の熱伝導度の違いから吸着された重さを測定します。最後のN
2も、熱伝導度検出法において検出され、試料ガス(N
2 + He)とHeガスの熱伝導度の差で測定されます。詳細は割愛しますが、現在の測定装置では、あらかじめ標準試料で検量線を作成しておくことで、CHNの組成比率を求める方法で行われています。またこれ以外に、CHNS分析が可能な装置も販売されており、有機化合物や高分子化合物の分析や評価に威力を発揮しています。
特に、純度の高いサンプル試料の場合は理論値とよく一致するため、材料化学の分野においては純度確認としての測定法として活用されている場合も多いです。
4. 測定上の注意点
元素分析を行う上で、その分析を成功させるためには、様々な点に注意を払う必要があります。
4-1. サンプル試料の純度
元素分析では、サンプル試料の純度が極めて高くないと正確に炭素や水素などの比率を出すことができません。そのため、有機化合物の場合は、その他の測定手法(例えば、NMR測定、GC測定、融点測定など)により、あらかじめその純度を確認しておく必要があります。万が一、純度が低い場合は、カラムクロマトグラフィーや(減圧)蒸留、再結晶などの精製方法にて純度を高めておく必要があります。
サンプル試料の量が少ない場合で精製を必要とする場合は、分取カラムを装着したリサイクル型HPLC(High Performance Liquid Chromatography)装置による精製も効果的です。
サンプル試料の残留溶媒を完全除去することや、サンプル試料へのほこりなどの混入にも注意が必要です。湿気の多い夏場などはサンプル試料に水分が混入して、結果が正確にでない可能性もあるので、注意が必要です。
また高分子化合物の場合も同様に、ポリマー分子の精製をしておき、低分子のモノマーなどが混入していない状態にしておく必要があります。
このようにサンプル試料の特性に応じた精製方法を考えておく必要があります。
4-2. サンプル試料の秤量の注意点
元素分析で必要とするサンプル試料は数mgのため、正確にサンプル試料を秤量する必要があります。精密天秤を用いながら、固体サンプル試料の場合は、スパチュラにより秤量します。液体サンプル試料で粘度がそこまで高くない場合は、マイクロシリンジを用いて秤量を行います。アメ状の液体サンプル試料の場合は、マイクロシリンジでの秤量が難しいため、別の方法による秤量が必要になります。
また、潮解性のあるサンプル試料や、空気中で分解するようなサンプル試料の場合は、グローブボックス内で秤量するなど、サンプル試料の状態に応じて秤量方法を工夫する必要があります。
5. 分子量を決定する方法と分子式決定への展開
低分子の有機化合物の場合は、別の方法によりその分子の分子量を求めることができます。例えば、質量分析を行うことで、有機化合物の分子量を求めることができます。また、蒸気圧測定、凝固点降下測定や中和滴定などの方法によっても分子量が求まる場合があります。これらの分子量を求める方法は、分子の性質やもっている官能基にも依存するので、その場その場に応じて最適な分子量測定方法を考える必要があります。
その分子量と今回紹介する元素分析による元素の組成比率を勘案することで、分子式を決定することが可能となります。
6. 高分子材料の元素分析のためのその他の測定方法
エネルギー分散型X線分析(Energy dispersive X-ray spectroscopy、EDX)という方法は、高分子などのサンプル試料にX線をあてることで、試料の表面に存在する元素の種類やその存在比率を検出する方法です。多くの場合は、SEM(走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)またはTEM(透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope))と一緒に測定することができるので、表面分析で威力を発揮します。
7. おわりに
有機化合物の元素分析の概略について紹介いたしました。元素分析は実に奥深く、詳細は専門書をご参照頂ければ幸いです。高分子材料の元素分析では、材料としての純度や品質管理などにも応用することが可能であるので、実社会でのニューズが高い分析法となっています。有機化合物や有機材料を完全燃焼させ、発生したガス(成分)を定量するという単純な現象に基づき、科学者の着想から、現在の分析機器を用いた微量精密分析まで約200年近い歴史があります。高等学校の化学の教科書では、元素分析は単に有機化合物の炭素、水素、酸素の組成比を求める手段として紹介されていますが、この技術がもつ重要性、意義、および、それを発展させてきた各時代の研究者(科学者)の役割は非常に重要です。この発展の歴史を学ぶことも科学的な思考を身に付けるのに大変役立つものと思われます。
謝辞
本記事の作成にあたり、近畿大学大学院総合理工学研究科理学専攻博士前期課程・錯体化学研究室 安立瑞生 学士にご協力頂きました。また、静岡県立大学薬学部医薬品化学分野客員共同研究員 佐藤綾子 先生から貴重なご助言を頂きました。ここに深く感謝いたします。
参考文献
この記事は次の参考資料に基づき作成いたしました。
1) 役に立つ有機微量元素分析,(社)日本分析化学会 有機微量分析研究懇談会,内山一美,前橋良夫 監修,みみずく舎,
2008.
2) 松本浩一,槌間 聡,
化学と教育,
2015, 63, 608-611.
4) 佐藤綾子,
化学と教育,
2015,612-615.
5) 熊本大学大学院生命科学部附属グローバル天然物科学研究センター機器分析施設,元素分析装置取扱マニュアル(公開資料),白木邦子 氏作成.
6) 石川薫代,関 宏子,
化学と教育,
2012,
60, 520-523.
7) 株式会社ユニケミーHP「有機元素分析の概要」URL
https://unichemy.co.jp/unilab/unilab-998/(アクセス日 2021年5月20日)
分析例・プロトコール