質量分析法(Mass Spectrometry: MS)

分子構造の分析法

執筆:大谷肇(名古屋工業大学)

質量分析法(Mass spectrometry)は、分子の質量数情報をもとに分子構造を解析する手法
質量分析法(Mass spectrometry; MS)は、原子または分子をイオン化して、それらを高真空中で加速し、電場や磁場の中を移動させて、各イオン種の質量による場との相互作用の違いを利用して、分離・検出する分析手法です。その結果観測される質量スペクトルから、化合物の分子量、分子式、および化学構造などに関する情報を得ることができます。

 

測定できること

分子量 / 分子量分布 / 分子構造 / 末端基 / 共重合組成 / 連鎖分布 / 微細構造


 

原理

1.MSの装置構成

図1に質量分析装置の構成図を示します。試料はまずイオン源に導入され、様々な手法でイオン化されます。生成したイオンは、電場によって加速されて分離管に送られ、高真空下で磁場や電場の作用を受け、質量/電荷比(m/z)に従って分離されます。分離されたイオンは二次電子増倍管などによって検出されます。MSで用いられる主なイオン化法及び質量分離法をそれぞれ表1及び2にまとめました。
 
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図1 質量分析装置の構成
出典:J. H. Gross, Mass Spectrometry”, Springer-Verlag, Berlin (2004);
日本質量分析学会出版委員会訳,マススペクトロメトリー,丸善(2012), p.5 図1.
 
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2.気相成分の質量分析

測定試料として高分子材料を想定した場合、試料中に存在するある程度の揮発性をもつ低分子量の残存モノマーや添加剤などの分析では、イオン源内に設置した試料プローブを加熱し、試料中の目的成分分子を気化させてからイオン化する直接導入法が用いられます。揮発性混合物の分析には、ガスクロマトグラフ(GC)とMSが直結されたGC-MSシステムが利用されます。また、不揮発性の素材ポリマーなどの分析では、試料を熱分解して生じる低分子量生成物を直接またはGC分離した後にMSへ導入する熱分解GC-MSが、よく利用されています。このような気体成分のイオン化には、電子イオン化(Electron ionization; EI)のほか、化学イオン化(Chemical ionization; CI)、 電界イオン化(Field ionization; FI)、 光イオン化(Photoionization; PI)などが使用されています。試料分子のフラグメント化を伴うEIは、成分の同定や構造解析に有効であり、一方CI、 FI、 PIは比較的ソフトなイオン化法であり、成分化合物の分子量の推定に用いられます。GC-MSにおいて生成したイオンの質量分離には、比較的安価かつ小型で保守が容易な四重極型質量分析計(Quadrupole mass spectrometer; QMS)が汎用されていますが、精密質量を測定したい場合には、高感度かつ高分解の飛行時間型質量分析計(Time-of-flight mass spectrometer; TOFMS)やオービトラップ(Orbitrap)などが必要です。
 

3.液相成分の質量分析

加熱気化によって分解や変性が起こるおそれのある試料の質量分析には、試料溶液のフローインジェクションによる導入法がよく用いられます。また、溶液中の混合成分を分離したい場合などには、液体クロマトグラフ(LC)-MSシステムの利用が有効です。いずれの場合でも、液体試料を高真空のイオン源に直接導入することはできませんので、大気圧中で試料を噴霧しながら溶媒を除去して目的成分をイオン化し、その一部を差動排気システムによって高真空の質量分離部へ導入する方策が用いられます。こうしたイオン化には大気圧化学イオン化(Atmospheric pressure chemical ionization; APCI)やエレクトロスプレーイオン化(Electrospray ionization; ESI)などが用いられます。
 

4.固相・凝縮相成分の質量分析

固相や凝縮相にある分子量が数千以上の試料成分を直接イオン化する方法には、高速原子衝撃(Fast atom bombardment; FAB)、二次イオン質量分析(Secondary ion mass spectrometry; SIMS)、レーザー脱離イオン化(Laser desorption/ionization; LDI)、および電界脱離(Field desorption; FD)などがあります。FABやSIMSは、金属板などのターゲット上に塗布した試料に高速粒子をあて、目的イオン種を飛び出させる粒子衝撃イオン化法です。SIMSでは、金属板上の試料薄膜への一次イオンビームの衝撃により試料イオンの脱離が行われます。この時、一次イオンの電流密度を適度に調整すれば、有機化合物の構造情報を保持したイオンを観測することができ、その質量分離にTOFMSを用いるTOF-SIMSが、高分子材料の表面分析法として利用されています。さらに、グリセリンなどの液体マトリックス中に試料を均一混合してターゲット上に塗布した場合のSIMSでは、分子量数千程度の極性化合物について分子イオン種が観測されます。また、一次ビームとして高速中性原子を用いるFABでもほぼ同様の質量スペクトルが得られます。さらに、FDでは一般にフラグメントイオンの生成が非常に少なく、難揮発性物質でも分子量1万程度までなら分子イオン種が観測されます。

一方、LDIを応用したマトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix assisted laser desorption/ionization; MALDI)では、レーザー光エネルギーを吸収しかつプロトン供与体となりうる、マトリックスと総称されている化合物と試料とを均一混合して結晶化し、これにパルスレーザー光を照射することによって、試料分子が分解することなくマトリックスもろとも気化します。このとき同時に生成したプロトンや共存する陽イオンが試料分子に付加することによって、イオン化が達成されます。MALDIの最大の特長は、高分子量成分でもほとんどフラグメント化することなく比較的容易にイオン化できることであり、FAB、 SIMS、 及びFDなどでしばしば見られるような、測定試料の調製に高度な技術や熟練を要したり、フラグメント化がある程度避けられないなどの制約がほとんどないことから、近年高分子試料のイオン化によく用いられています。また、MALDIではイオン化がパルス的に起こり、生成するイオンの質量範囲が広いため、それらに適した質量分離法として、高分解能測定のためのフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(Fourier transform ion cyclotron resonance; FT-ICR)MSも利用されていますが、ほとんどの場合には原理上測定できるm/z値に上限を持たないTOFMSが用いられます。
 

5.平均分子量及び分子量分布の解析

MALDI-MSなどにより、高分子試料を構成する成分の分子イオンまたは分子量関連ピークを、質量スペクトル上でそれぞれの存在比を反映した強度で観測できれば、数平均分子量(Mn)や重量平均分子量(Mw)が求められることになります。この方法では、観測されるピークのm/zとその強度から、各構成成分の絶対的な分子量と存在比についての情報を得られることから、理想的な分子量分布測定法であると考えがちです。しかし、実際には、試料の分子量分布がある程度以上の大きさになると、質量スペクトル上に観測される成分ピークの強度分布が、真の分子量分布と比較して大きく偏った姿になりやすいことに注意が必要です。実際、MALDI-MSで正確な分子量分布を解析できるのは、多分散度(Mw/Mn)が1.1以下の単分散ポリマー試料に限定されます。これは、イオン化効率や検出器の感度が質量によって大きく異なるために、実際の分子量分布(存在比)を反映した強度ではピーク分布が観測されない(一般には見かけ上は低分子量側に偏った分布となる)、「マスディスクリミネーション効果」とよばれる現象が不可避であるためです。

多分散度が1.1以上の高分子試料の分子量分布を正しく解析するためには、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)によって各フラクションの多分散度が1.1以下になるように試料成分を細かく分画した後に、各フラクションをMALDI-MSにより測定するSEC/MALDI-MSが有効です。
 

6.末端基などの微細化学構造解析

MALDI-MS測定によって高分子試料を構成する各成分の質量を正確に求めることができれば、末端基などの微細化学構造に関する情報を得ることができます。繰り返し構造単位の質量がMmonoで重合度がnであるポリマーの分子質量関連ピーク(1価)のm/z値は、次式(6)で表されます。
 
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ここで、Mcatは付加したカチオンの質量であり、Rは末端基などの主鎖構造以外の「残基」の質量です。試料情報や測定条件などからMmonoおよびMcatが既知であれば、同族体と考えられる一連のピーク群のm/z値から、まずは、0 < R < Mmono となるようにnを代入してRを算出し、これに対応する微細化学構造を推測します。必要に応じて、Mmono < R となる質量範囲も検討します。もしRが0であれば、その成分は末端をもたない環状ポリマーである可能性が高くなります。
 

7.MS/MS測定を利用した分子構造解析

イオン源内に生成した種々のイオンから特定のイオンを前駆(プレカーサー)イオンとして選択し、衝突誘起解離(Collision-induced dissociation; CID)などによりこれを分解してフラグメント化し、生成したプロダクトイオンを観測するMS/MS法を利用すれば、より詳細な微細化学構造解析を行うことができます。最近では、複数の質量分離部を有するとともに、前駆イオンやプロダクトイオンの生成・選択方法に工夫を凝らした、MS/MS測定に特化した三連四重極MSや四重極-飛行時間型(Q-TOF)MSなどの装置が開発・実用化されています。MS/MSでは、分子の部分構造情報が得られることに加えて、前駆イオンとプロダクトイオンの二段階でイオン選抜を行うことから、選択性が著しく向上することも大きな特長です。
 

8.最近のトピックス

図1に示したように、質量分析計では一般にイオン源から検出部まで高真空下で動作します。系内に目的成分以外の気体分子などが存在すると、目的イオンの電磁場中での運動を阻害したり、イオンの分解や電荷の喪失を招いたりして、正確な測定が行われないためです。このことは、質量分離部及び検出部では必須条件となりますが、イオン源と質量分離部の差動排気が十分になされれば、イオン化は必ずしも高真空下で行われなくてもよくなります。実際、脱離エレクトロスプレーイオン化(Desorption electrospray ionization; DESI)、リアルタイム直接分析(Direct analysis in real time; DART)などのイオン化は常圧の大気圧下でなされており、これらはアンビエントイオン化と総称されています。これらのイオン化では、試料調製や試料導入時の制約を大きく低減できることから、その場での試料の質量分析が可能になるなどのメリットがあります。

近年、質量分析計内で生成したイオンを衝突断面積の違いにより分離する、イオンモビリティースぺクトロメトリー(ion mobility spectrometry; IMS)の機能を組み込んだIMS-MSが注目されています。この方法では、一般にMSでは区別しにくい異性体を分離できるなどの特徴があります。

今日までの、質量分析計の高性能化に伴って、観測されるイオンの質量範囲が大きく拡大するとともに、質量分解能も飛躍的に向上したことにより、質量スペクトル上に観測される情報量は著しく増大することになりました。この結果、せっかくの情報を有効に引き出すことがかえって難しくなり、「宝の持ち腐れ」になりかねない状況が生まれてきました。そこで、質量スペクトル上の情報を整理して、視覚的に判別して必要な情報を引き出すことを可能にする手法として、Kendric mass defect(KMD)解析が近年注目され、活用され始めています。

なお、質量分析法とその応用に関する詳細については、優れた成書が出版されています。それらを参考文献として挙げておきますので、必要に応じて参照していただければ幸いです。
 
参考文献
1) “高分子先端材料One Point別巻 高分子分析技術最前線”,高分子学会編,共立出版(2007)
2) “分析化学実技シリーズ 機器分析編16 有機質量分析”,山口健太郎,共立出版(2009)
3) “現代質量分析学 基礎原理から応用研究まで”,高山光男,早川滋雄,瀧浪欣彦,和田芳直,化学同人(2012)
4) “Mass Spectrometry in Polymer Chemistry”, C. Barner-Kowollik, T. Gruendling, J. Falkenhagen, S. Weidner Eds., Wiley-VCH (2012)
5) “質量分析学 基礎編”,豊田岐聡編著,国際文献社 (2016)
6) “マススぺクトロメトリー 原著3版”,J. H. グロス著, 日本質量分析学会出版委員会訳,丸善出版 (2020)
 

 

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