透過型電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy: TEM)

内部構造の分析法

執筆:陣内浩司(東北大学)

透過型電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy: TEM)は、高分子材料内部の構造を可視化する手法
透過型電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy: TEM)は、ポリマーアロイ、結晶、有機・無機ハイブリッド材料などの高分子材料内部の階層構造を、サブナノメートルの分解能(注1)をもって、ナノメートルからミクロンスケールの空間スケールで可視化するための顕微鏡法です。最先端TEMを用いれば、元素識別、化学状態(結合や分子振動状態)観察、3次元ナノ観察も可能です。
(注1)最新のTEMの分解能は50pm程度である。
 

 

 

測定できること

相分離構造 /トポロジー / 曲面形態観察 / 分子形態 / 粒子径 / 粒径分布 / 元素分布 / 化学結合・分子振動状態



 

原理

1. 電子と物体の相互作用

高速の電子が固体物質に衝突することを考えてみよう。この時、種々の相互作用が生じ、様々な二次的電子および電磁波が発生することが知られています(図1)。ここでは、TEMの試料として一般的な(ミクロトームなどにより作製される)厚み数十〜100nmほどの薄い超薄切片を対象とします。このような薄い物体に電子線が入射すると、大部分の電子は物体と相互作用を起こさず通り抜けることになりますが(透過電子)、一部の電子は散乱されます(散乱電子)。散乱電子の中には、エネルギーを失わない弾性散乱電子と、エネルギーの一部を失う非弾性散乱電子があり、後者は色収差の一因であることから像ボケの要因となります。しかし、損失した電子エネルギーを正確に測定することができれば、そのエネルギーは電子線が照射された位置の元素情報を含むので、元素識別を可能とする点では有用と言えます。
 

図1 入射電子と物質の相互作用
 

これらの電子線の透過側での相互作用とは別に、入射側に生じる相互作用もあります。それらは、入射電子の衝突により物体からはじき出される二次電子、入射側に散乱される反射電子、特性X線、オージェ電子、カソードルミネッセンス(燐光)などです。これらの電子や電磁波は、物体の厚みとは関係せず、波長やエネルギーは物質に特有なものなので、これらの量を検出し分析すると電子が照射された領域内の原子配列・組成・電子状態を知ることができます。例えば、「エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy: EDXまたはEDS)は、特性X線を解析することで特定元素の分布を画像とすることを可能とする手法ですが、以下に述べる透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy: TEM)や走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy: SEM)とともに用いることで、高分子材料の元素識別イメージング法を可能とします。

 

2. 電子顕微鏡の種類

像とは「試料の大きさや構造などの情報を光や電子線を使って別の場所に移して(写像と言います)2次元の強度分布にしたもの」です。顕微鏡の場合、この写像の過程で拡大を行うことになります。像を造ることを結像(imagingまたはimage formation)といいますが、その方法は大別するとレンズ法と走査法の2つになります。

「レンズ法」とは、レンズの公式に従ってレンズの反対側に試料の形と相似な倒立像ができる原理を用いる手法です。この方法は、顕微鏡のほか、望遠鏡やカメラなどの光学機器に多く使われており、2次元画像を一度に結像することができます。これに対して、試料を細い光や電子ビームで走査(scan)し、その1点から試料の入射側あるいは透過側に放出される光や電子の強度を検出器でとらえ、その信号強度を測定点での像強度とする方法が「走査法」です。走査法では写像に波の伝搬は使いません(レンズを用いません)が、結像のために有限な走査時間が必要であり、これがレンズ法と異なるところです。

TEMは、レンズ法に基づき電子線を光源とする顕微鏡であり、試料を透過した(散乱)電子の干渉像を拡大して観察する手法です。光学顕微鏡もレンズ法に基づく顕微鏡法であり、図2に模式的に示すように電子顕微鏡と光学顕微鏡の光学系は本質的に同一と言ってよいでしょう。顕微鏡は像面に現れる像を(拡大して)観察しますが、光学の原理によると、レンズの後焦平面には回折図形ができるので、これを観察して逆空間での解析を行うこともできます。これは、図2において、中間レンズの焦点距離を長くすることで、像ではなく回折図形を投影レンズへ伝達することで可能となります(電子線回折法)。すなわち、TEMでは「回折モードボタン」と呼ばれるスイッチを切り替えることで、高分解能“像”と(X線回折でおなじみの)回折図形を切り替えて観察することができるのです。屈曲性直鎖状高分子(ポリエチレン)の単結晶における「折りたたみ構造」のA.Kellerらによる発見は、高分子科学の古典的研究ですが1)、この研究では、TEMの結像と電子回折の両方のモードが極めて有効に用いられました。
 

図2 電子顕微鏡と光学顕微鏡の構造
 
上で述べたように、TEMは一度に(短時間で)画像を撮ることができるという特徴があります。この特徴は、時々刻々と変化する構造の時系列観察に適しています。近年、様々な外場(温度場、溶媒中、変形下など)でのナノスケール観察、いわゆる環境TEM(Environmental TEM)が発展しています。このような材料が機能を発現する環境下での構造観察は、材料開発のうえで非常に重要ですが、高分子分野ではこれまでのところあまり例がないようです。図3には、ナノフィラーを分散させた架橋ゴム(ナノコンポジット材料)の延伸下での同一視野観察結果を示します2)。試料に加える歪みが大きくなるにつれ、ナノフィラーの凝集体が変形し、ナノボイドが発生する様子が観察されています。また、一連の時系列画像から計算した局所的な歪みは、ナノフィラーの凝集体構造の不均一さに強く依存することも明らかになってきました3)。さらに、観察結果と有限要素法と組み合わせることで、延伸下での応力の分布も計算することができます3)。今後は、このようなナノスケールの構造観察結果と巨視的な物性を結びつけて理解する努力が必要になるでしょう。

図3 ナノコンポジット材料の延伸過程でのTEM観察結果. (a)試料に印加した歪み(ε)無しのTEM像, (b)ε=0.73の(a)と同視野のTEM像, (c)主歪みのマップ, (d)応力マップ. (c)と(d)においては, 色が青〜赤になるほど大きな値である. スケールバーは500 nm.
 
さて、レンズ法を用いるTEMに対して、走査法を用いる電子顕微鏡法もあり、大別すると2種類に分けることができます。一つ目は高分子コミュニティでも頻繁に利用されているSEMです。SEMは、試料の入射側に放出される反射電子や二次電子を結像に利用します。反射電子放出率は原子番号の増加に伴って単調に増加することから、反射電子像では、試料中の組成の違いを明らかにすることができます。一方、二次電子放出率は原子番号との間に特定の相関がありません。試料から放出される二次電子の多くは、入射電子によって照射点近くで直接励起されたものです。試料表面に対して斜めに電子線を入射すると、飛び出してくる二次電子が多くなることから、試料に対する電子線の入射角度や検出器の配置によっては、入射点近傍の試料の形状(入射点の試料の傾き)に敏感となります。SEMについてはホームページ上の別項目としても挙げられていますので、そちらも参考にしてください。
走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)
https://www.spsj.or.jp/equipment/news/news_detail_24.html

走査法を用いるもう一つの電子顕微鏡法は、試料の透過側に放出される電子の強度で像を描く走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscopy: STEM)です。STEM法は、発展が著しい電子線ナノイメージング法であり、近年さまざまな結像法が提案されています。例えば、電子線の収束角と散乱された電子線の取り込み角を最適化することで、高分子間の電子密度の違いを利用したコントラスト増強法も提案されました4)。今後、高分子の電子線イメージングに新しい展開をもたらす可能性があります。

これまで述べたTEMおよびSTEMは、3次元物体の2次元透過像を観察するための顕微鏡ですが、コンピューター断層撮影法(Computerized Tomography: CT)の原理をTEMやSTEMに応用することで、ナノスケールの高分子構造の3次元像を撮影することもできます5)6)(図4)。この手法は「電子線トモグラフィー」と呼ばれ、1980年後半辺りから初期の研究例が報告されています。その黎明期に、ブロック共重合体の相分離構造の3次元構造の報告例が(他の材料分野に先駆けて)あったことは知っておくべきでしょう7)。電子線トモグラフィーは、計算機の高速化や記憶媒体の大容量化を背景に、2000年ごろから材料科学の広範な領域で盛んに開発が進み、その後、研究者と電子顕微鏡メーカーの努力により、今ではTEMの観察法の一つとして定着しています。
 

図4 ブロック共重合体のGyroid構造の(a)TEM像と(b)対応する3次元像
 

3. 電子顕微鏡の分解能

ここでは、レンズ法(TEM)における分解能について考えます8)。一般に、顕微鏡の分解能(装置のもつ解像力、δ)は、2つの発光する点の間隔が小さくなった時に像面上でどこまで2点として見分けられるかで定義されます(点分解能)。レンズ法における点分解能は、機械的な外乱や電源の不安定性などの2次的な要因を除けば、光の波長と結像用レンズの収差(球面収差、色収差、非点収差など)によって決まります。これらの収差のうち、特に重要なのは、レンズを見込む角(αmax)で決まる回折収差、および球面収差です。このうち、回折収差は、光や電子線が波であること、および、レンズが有限な大きさであること、の2つの理由のためにおこります。試料で散乱された光がレンズを通過して結像する様子は、数学的には2回の2次元フーリエ変換で表現されますが、レンズの大きさが有限であるため、レンズの外側に散乱された光は結像に寄与しません(フーリエ変換の打ち切り誤差)。したがって、フーリエ再合成が完全に行われず、カットされた広角の散乱波に相当する試料の細かい構造情報が欠落し、結果として像がボケることになります。このような回折収差により生じる点分解能は次のように表されます。

ここで、λは光の波長です(注2)。光学顕微鏡の場合、凸レンズと凹レンズを貼り合わせ、さまざまな収差を小さくすることが可能です。そのため、対物レンズで有効に使えるαmaxは約57度(1rad)以上にすることが可能であり、δDλ程度になります。人間が感じる可視光の波長は400nm〜700nmほどですので、一般的な光学顕微鏡の点分解能はおよそ500nm程度と考えて良いでしょう。

一方、TEMの場合、原理的に凸レンズしか存在しないため、光学レンズのように凹レンズと組み合わせて球面収差を補正することができず、極めて“性能の悪い”レンズしか使えません(注3)。したがって、TEMでは、上記のδDに加え、球面収差(δS)を考慮する必要があります。球面収差とは、平行光がレンズに入射した後、角度の大きい光が焦点よりもレンズ側に集光してしまうことです。焦点位置での像の横方向(光軸と垂直方向)のボケは次式のようになります。
 

ここで、CSは球面収差の係数であり、αはレンズへの入射角です。つまり、δSを小さくするためにはαを小さくしなくてはなりませんが、これはδDを大きくすることにつながります。従って、TEMで分解能を最大にするためには、δSδDのバランスをよく考える必要があります。

電子線の波長は光に比べると非常に小さく(例えば、加速電圧100kVの場合には0.0037nm程度となります)、無機固体などで必要となる原子面間隔は0.2〜0.3nm程度なので、この面間隔に相当するαは約0.5度(10-2rad)です。この場合、CSが1mm程度でもボケは1nm以下になり、1個の原子カラムや原子面を分解して観察することが可能となります。なお、1998年の収差補正機(凹レンズ)の出現9)により、電子顕微鏡のレンズの性能は飛躍的に向上し、最新の電子顕微鏡は50pm程度の分解能を達成しています。
(注2)0.61という係数は、像面で2点のピークが重なった時、これらを見分けられるためには中央部のへこみをどの程度に取るかによって決まる定数です。
(注3)後述するように、近年は、収差補正機の発明により収差の補正が電子顕微鏡でも可能となっています。

 

4.高分子材料の電子顕微鏡観察における注意点

高分子の形成する構造をTEMで観察する場合、高分子の分子の大きさが(無機固体のそれに比べ)巨大であるため、特殊な場合を除いてpmオーダーの分解能は必要となりません。その意味において、電子顕微鏡の高分子材料への応用では、分解能が足かせとなることは少ないでしょう。しかし、電子顕微鏡法には、下に述べるようなこの手法に特有ないくつかの問題点(難しさ)があり、研究者はこれらの点に注意する必要があります。

問題の一つは、高分子の(電子線に対する)コントラストが低いことです。高分子試料はC,H.O,N等の軽元素から構成されているため、電子線の透過性が良く、そのままでは構造の識別に十分な静電ポテンシャルコントラストが得られません。そこで、特定の成分あるいは構造部位に電子散乱能の高い重元素(OsO4やRuO4などが代表的)を導入する「電子染色」が行われるのが一般的ですが10)、この電子染色により構造が微妙に変化するの可能性があることから、本来、電子染色は望ましくありません。この問題に対しては、上記のSTEMの使用、あるいは、TEMの対物レンズの後焦平面に位相板を導入して位相差によるコントラストを得る「位相TEM」が有効です11)

もう一つの重要な問題は、電子線が高分子に与えるダメージです。一般的に、電子線の照射により、①材料内に生じた活性ラジカルによる結合の切断と再結合(非弾性散乱によるイオン化)、②材料内の原子との衝突により原子がはじき出されてしまうことによる損傷(ノックオンによるはじき出し)、③フォノンによる温度上昇、④欠陥の二次的拡散(架橋など)、が起こるとされています。②に有効な手段は電子の加速電圧を下げることです。①は原子間結合の切断に直接つながることから、有機分子の観察においては特に致命的ですが、これを低減させる有効な方法は残念ながらありません12)。このような考えに従うと、高分子材料の観察においては、TEMの加速電圧は下げた方が良い、ということになりますが、現実には、試料自体の導電性や試料の厚みや染色の有無など、様々な試料作製条件なども考慮する必要があるので、一概に低加速電圧が良いとも言えません。有機結晶などの観察でダメージ軽減するために、試料を冷却することが有効であることは知られていますが、これは試料冷却が上記の③と④の要因を低減する効果があることによります。高分子の観察でも有効でしょう。高分子材料の電子線損傷は複雑であり、普遍的な対処法は(いまのところ)見いだせませんが、確実に言えることは、入射電子線量を可能な限り抑えることが最も大切であることです。そのためには電子直接検出カメラのような非常に感度の高い検出器を導入することも有効です。
 
参考文献
1) A. Keller, Phil. Mag., 2, 1171 (1957).
2) 陣内浩司, 顕微鏡, Vol.53, No.3, pp.113-117 (2018年)
3) T. Miyata, T. Nagao, D. Watanabe, A. Kumagai, K. Akutagawa, H. Morita, H. Jinnai, ACS Appl. Nano Mater., in press (2021, https://doi.org/10.1021/acsanm.1c00009).
4) H. Jinnai et al., Acc. Chem. Res., 50, 1293 (2017).
5) 陣内浩司,西敏夫, 顕微鏡, Vol. 39, No. 1, pp. 31-33 (2004年).
6) 金子賢治, 馬場則男, 陣内浩司, 顕微鏡, Vol. 45, No. 1, pp. 37-41 (2010年);金子賢治, 馬場則男, 陣内浩司, 顕微鏡, Vol. 45, No. 2, pp. 109-113 (2010年).
7) R. J. Spontak, M. C. Williams, D. A. Agard, Polymer, 29, 387-395 (1988).
9) M. Haider et al., Nature, 392, 768 (1998).
10) K. Kato, J. Electron Microsc., 14, 220 (1965).
11) M. Tosaka, R. Danev, K. Nagayama, Macromolecules, 38, 7884-7886 (2005).
12) 末永和知、越野雅至、劉崢、佐藤雄太、Chuanhong Jin、顕微鏡、Vol.45, No.1, pp.31-36 (2010年)
 

 

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