ガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography: GC)

分子構造の分析法

執筆:石田康行(中部大学)

熱分解ガスクロマトグラフィーは、高分子試料の同定や一次構造解析を迅速かつ簡便に行える手法
熱分解ガスクロマトグラフィー(熱分解GC)は、不活性ガス雰囲気下での高分子試料の瞬間的な熱分解と、そこで生じたフラグメントのGC分離をオンラインで連結した分析手法です。この熱分解GCでは、不溶性試料を含むあらゆる形態の高分子試料を、通常、何の前処理操作も必要とせずに0.001から0.01 mgというごく微量用いるだけで、その定性、組成分析や分子構造解析を行うことができます。

 

測定できること

高分子の同定 / 共重合組成の解析 / 連鎖解析 / 微細構造解析 / 架橋構造の解析



 

原理

1. 高分子鎖の熱分解を採り入れたガスクロマトグラフィー

1.1. 熱分解ガスクロマトグラフィーについて
ガスクロマトグラフィー(GC)分析における試料対象は、気体そのもの、あるいは分離カラムの使用温度下で少なくとも数torr以上の蒸気圧をもつ化合物に制限されます。従って、高分子化合物をGCの分析対象とするためには、高分子鎖を熱的あるいは化学的な方法により切断して、揮発性のフラグメントを生成する必要があります。このうち、前者の熱分解によって生じたフラグメントをGC分離する方法は「熱分解GC」と呼ばれ、高分子の実用分析法として、その構造キャラクタリゼーションの分野で現在かなり大きな比重を占めるようになっています。この熱分解GCでは、不溶性試料を含むあらゆる形態の高分子試料を、通常、何の前処理操作も必要とせずに0.001から0.01 mgというごく微量用いるだけで、その定性、組成分析や分子構造解析を行うことができます。


1.2. 装置構成と測定の流れ
一般に、熱分解GCでは、市販の熱分解装置をGCの注入口部分に直結させたシステムが用いられます。ここでは、図1に示した、市販の縦型微小加熱炉とキャピラリー分離カラムを装備したGCからなる熱分解GCシステムを例に挙げて、その装置構成と測定手順を説明します。まず、微量天秤等を用いて高分子試料を試料カップ中に秤取した後、熱分解装置上部に位置する試料導入部(室温条件下)にそのカップを設置します。引き続き、この試料カップを、所定の熱分解温度に保った装置内の炉心へと自由落下により導入して、試料をヘリウムなどの不活性なキャリヤーガス流(一般に約50 ml min-1)の下で瞬間的に熱分解します。この熱分解のプロセスに際して、もとの高分子の化学構造を的確に反映したフラグメントを再現性良く生成するためには以下のことが重要です。
 
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図1 一般的な熱分解GCの装置構成*
* 石田康行, “エキスパート応用化学テキストシリーズ 機器分析”, 第12章 ガスクロマトグラフィー, 大谷肇編著, 講談社, p. 169 (2015)
 
 
  1. 熱の不良媒体とも言える高分子を均一かつ再現性良く熱分解するために、GCの検出感度の許す限り少量の試料(できれば100 µg以下)を導入すること。
  2. 試料は所定の熱分解温度(通常 400~900℃)まで急速に加熱されること。
  3. 2次的な分子内および分子間反応を極力回避するために、生じたフラグメントガスはできるだけ迅速にGCの分離カラムに移送されること。
この熱分解GCにおける測定パラメーター群の中で、熱分解温度の選択はその分析の成否に最も大きな影響を及ぼすと言っても過言ではありません。一般に、多くの高分子が500-600℃の範囲において、元の分子構造を最もよく反映した熱分解フラグメントを与えることが知られています。そのため、分析対象の高分子種が不明である場合には、まずは550℃前後の熱分解温度がよく選択されます。ただし、実際の測定では、最適な熱分解温度は対象となる高分子の種類だけでなく、目的とするキャラクタリゼーションの内容にも依存して異なることが少なくありません。そのため、対象とする高分子試料ごとに、クロマトグラム上の特性ピークの強度やパイログラムのパターンを手掛かりに用いて、実験的に至適温度が決定されることが多いです。

こうして熱分解装置内で発生した分解生成物はキャリヤーガスとともにスプリッターに移送され、そこで分割されて、キャピラリー分離カラムに対する適正流量(約1 ml min-1)が分離カラムへと導入されます。一般に、分離カラムには、高い分離能を有するだけでなく、広範な使用温度範囲や低い吸着活性を示す、溶融シリカ製あるいは内壁を不活性化したステンレス製のキャピラリーカラムが主に利用されます。また、検出器には炭素の数にほぼ比例した応答を示し、広いダイナミックレンジを有する水素炎イオン化検出器(FID)が汎用されています。さらに、最近では分解生成物の同定のみならず、分析対象物の選択的かつ高感度検出を目的として、GCを質量分析計(MS)とオンラインで組み合せたGC/MSが有効な手段として用いられています。


1.3. 高分子の多様な熱分解挙動とそれに基づく定性・定量や構造解析への応用
高分子試料はモノマー構造、結合様式、さらには側鎖構造の違いを反映して、その種類ごとに特有の熱分解挙動を示します。例えば、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)やポリ-α-メチルスチレンを500-600℃の高温に晒すと、開裂部分から順次モノマーが外れていく「解重合型」の熱分解が進行します。その結果得られるパイログラム上には、主にそれらのモノマー成分が観測されることになります。一方で、同じビニル系高分子であっても、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)では主鎖の開裂が統計的に進行する「ランダム開裂型」の挙動を示し、その結果、一連のオリゴマー成分が分解物として観測されるパイログラムが得られることになります。例として、図2に(a)PMMAおよび(b)PEの典型的なパイログラムを示します1)
 
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図2 高分子試料のパイログラム1)
(a) ポリメタクリル酸メチル, (b) ポリエチレン.
 
このように、高分子の種類によって熱分解パターンが異なることから、得られるパイログラムを基にして指紋判定的に高分子の種類の定性を行うことが可能です。最近では、160余種の合成及び天然高分子試料のパイログラムを収録した標準データ集1)2)や、独自の検索アルゴリズムを搭載した高分子種の同定ライブラリーもそれぞれ上梓および市販されており、熱分解GC/MSによるポリマーの定性に広く利用されています。さらに、各高分子試料から得られる特性パイログラムを基にして、定性のみならず、1) 共重合体における化学組成や連鎖分布の分析、2) 分岐構造、立体規則性や末端基構造の解析、および3) 架橋高分子のネットワーク構造の解析などの分析事例がこれまでに報告されています。それらの詳細については、各種の成書3)4)や総説5)、または日本分析化学会の高分子分析研究懇談会等の学協会の諸活動を参照してください。


 

2. 高分子鎖の化学分解を採り入れたガスクロマトグラフィー

2.1. 反応熱分解ガスクロマトグラフィーについて
冒頭で述べたように、GC分析に先立つ高分子試料の分解方法として、高分子の主鎖または側鎖中の特定の結合部位を、適当な化学反応により切断する「化学分解法」も広く使用されています。例えば、共重合型の縮合系ポリマーにおけるモノマー組成の分析では、酸やアルカリ共存下での加水分解反応とそれに引き続く誘導体化を行った後に、反応生成物を最終的にGC分析する手法が有効です。

さらに、こうした化学反応を熱分解GCに採り入れた「反応熱分解GC」の手法が、縮合系高分子などの主鎖中に極性基を有する高分子の迅速かつ簡便な構造キャラクタリゼーション法として注目されています6)7)。この方法における反応試薬として最もよく使われているのが、水酸化テトラメチルアンモニウム(tetramethylammonium hydroxide; TMAH)をはじめとする一連の有機アルカリ類です。例えば、TMAH共存下での反応熱分解が理想的に進行すれば、高分子試料中の炭素-炭素結合は保持される一方で、エステル結合やカーボネート結合などの極性基の加水分解とそれに引き続くメチル誘導体化が瞬時に達成されます。その結果、得られるクロマトグラム上には、もとの試料の構成成分が対応するメチル化体として観測され、それらのピークから当該試料の定性や定量を正確に行うことが可能です。この反応熱分解GCの測定操作は、試料採取の際に化学試薬を添加する操作以外は、通常の熱分解GCの場合と全く同じです。そのため、化学反応を伴う手法でありながら、熱分解GCと同様に極めて簡便な測定手順でもって迅速に分析を行うことができます。さらに、これまでの熱分解GCの手法では縮合系ポリマーの詳細な構造解析が必ずしも容易ではなかったこととも関係して、この反応熱分解GCの手法は熱分解GCの適用範囲を著しく拡張する方法として当該分野にブレークスルーをもたらしました。


2.2. 有機アルカリ共存下での高分子試料の反応機構
TMAH共存下での反応熱分解にエステル化合物を供した際の、予想される反応機構を図3に示します。この図に示すように、まず、TMAHの塩基としての作用によりエステル結合が加水分解され、カルボキシルアニオンとアルコールがそれぞれ生成します。こうして生じた成分は、引き続いてTMAHから生成するテトラメチルアンモニウムと塩を形成し、その後、熱エネルギーにより、カルボン酸成分の塩はメチルエステルとトリメチルアミンに、またアルコキシド成分はメチルエーテルとトリメチルアミンに分解します。このようにして、もとの高分子試料を構成するモノマー成分が、対応するメチルエステルおよびメチルエーテルへと変換されることになります。
 
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図3 水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)共存下でのエステル化合物の予想される反応熱分解機構
 

こうした反応熱分解を高効率に達成するには、測定対象ごとに反応温度や試薬の添加量などの反応条件を適正化することが欠かせません。反応温度については、反応熱分解との競争的な関与が危惧される通常の熱分解をできるだけ抑制するために、熱分解GCの場合(500-700˚C)よりも比較的低い300~500˚C付近の温度に設定して測定を行うことが一般的です。また、試薬の添加量については、反応に際して試薬自身の分解も同時に進行するため、一般に試料に対して大過剰(試料成分に対して物質量比で少なくとも数十倍程度)加えたときに最大の反応効率が得られることが多いです。

一例として、p-ヒドロキシ安息香酸 /テレフタル酸/ビフェノールからなる三元全芳香族ポリエステルの組成分析にこの手法を応用した結果を図4に示します8)。このポリマーの分解は熱エネルギーのみではほとんど起こらないのに対して、TMAH共存下では主鎖の加水分解とメチル化が定量的に進行する結果、各構成成分のジメチル誘導体が主ピークとしてパイログラム上に観測されています。これらの特性ピークの相対強度を基にして、共重合組成を極めて高い精度でもって迅速かつ簡便に解析することが可能です。この反応熱分解GCの適用範囲は共重合組成の分析のみならず、末端構造や分岐・架橋構造の解析にも拡張されており、熱分解GCと互いに相補的な関係にある分析法として広く活用されています。
 
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図4 三元全芳香族ポリエステルのパイログラム6)
(a)TMAH共存下 400℃, (b)熱のみ 400℃, (c)熱のみ 600℃.
 
 
参考文献
1) “高分子の熱分解GC/MS 基礎及びパイログラム集”, 柘植新, 大谷肇, 渡辺忠一, テクノシステム (2007)
2) “Pyrolysis-GC/MS Data Book of Synthetic Polymers -Pyrograms, Thermograms and MS of Pyrolyzates-“, S. Tsuge, H. Ohtani, C. Watanabe, Elsevier (2011)
3) 大谷肇, ”合成高分子クロマトグラフィー”, 大谷肇, 寶﨑達也共編, pp. 28-43, 124-187, オーム社(2013)
4) 大谷肇, ”分析化学 実技シリーズ 応用分析編4 高分子分析”, 日本分析化学会編, pp. 118-151, 共立出版 (2013).
5) 大谷肇, 繊維学会誌, 76, 380, (2020)
6) J. M. Challinor, J. Anal. Appl. Pyrolysis, 16, 323 (1989)
7) 石田康行, 大谷肇, ぶんせき, 515 (2012)
8) H. Ohtani, R. Fujii, S. Tsuge, J. High Res. Chromatogr., 14, 388 (1991)
 

 

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